自己決定自己責任という言葉の功罪

高校生のころ、ちょうど今くらいの時期、大学受験のための小論文を書いていました。
世の中の多くの問題は、個人がより的確に判断し、決定し、責任を持つことで、解決されるのではないか。テーマの詳細は忘れましたが、ちょうどグローバリズムが声高に叫ばれ始めた90年代後半、ベルリンの壁が壊れて10年も絶たない頃のこと、なにか大きな世界的問題に対して出した私の答えを今でも覚えています。
個人が賢くなり、自分の責任を自分でとっていく形で行動を決定していけば、世の中は善きにつけ悪きにつけ個人の責任の範囲内での解決策を見出していくのではないか。失敗しても成功しても、それは個人の責任だと理解すればいいのではないか。簡単に言ってしまえばそんな考えだったわけです。

その後、当時国連の職員になりたいと漠然と思っていたわたしは、それを実現すべく大学を選びました。世界のいろいろな問題を解決するという理想をもった組織で働いてみたかったのです。その大学で、この自己判断、自己決定、自己責任という考え方がいかに甘い考え方かということを学びました。いくつもきっかけはあったのですが、印象的な以下のような出来事がありました。

ある授業で、問われました。臓器を売ることは悪か。アジアの最貧国の社会事情を学んでいたときのことです。
その頃まだ「自己」という考え方に縛られていた私は、臓器を売るのも最終的には自己の判断だ。ふたつある腎臓のうち、ひとつを失って、その後の健康にリスクを負うのも自己責任だ。決して悪とは言えないだろう。そう思いました。いま振り返るとなんと傲慢な意見なのかと驚きますが・・・そのときには、そう思っていたのです。

その大学では(特にjunior, seniorと呼ばれる高学年では)基本的に講義形式ではなくディスカッション形式で授業が進んでいくのが普通でした。挙手したり、指名されたり、とにかく何らかの方法で学生が発言します。この「臓器」についての授業でも、たしか挙手で、学生の意見が求められました。

ひとりの学生が言った言葉は、私の考え方を根本から覆すものでした。
「社会は個人で構成されているように見えるが、基本的には相互扶助の概念で成立している。臓器を売って困るのは本人だけではない。その人が健康に害を負って医療機関にかかれば、そのお金は社会全体が支払っている。悲しむ家族もいるだろう、。臓器売買だけではない。喫煙や飲酒による病気にしても同じことだ。個人が何かを決定するということを社会がどう管理するかは容易なことではない。」

わたしの考え方は圧倒的な主観でしかなく、ものごとを客観的に捉えることの意味を学んだ気がしました。そして、社会というのがその基本として、人間どうしの協力、あるいは力やお金や体力の交換を前提として作られているのだということを実感しました。そして自己決定も自己責任も、すべては前提としての協力や交換を果たしてこその権利なのだと考えるようになりました。


月日が経過して、わたしは理学療法士になりました。患者さんのことを考えるようになって、自分がこの職業として何をすべきかということをよく考えるようになりました。

個人としては、今でも、自己判断や自己責任という言葉が好きです。最終的には、それをなすことが重要だと感じます。しかし、一方で、その権利を行使する前にすべきことがあるのではないかと、いつもあの授業のことを思い出します。そしてそのときに何かを感じた自分を振り返ります。
医療に関わる以上、わたしは患者さんに自己だけを考えるように促すわけにはいきません。なぜなら医療は、社会のインフラだからです。私もその一部です。できる限りの社会としての理想の追求を考えるべきです。そしてその上で、目の前の患者さんの気持ちや、人生や、生活に寄り添うことを考えます。患者さんたちにも、そんな話をすることがあります。若輩者が、おこがましいことは重々承知の上で、それでも。

結局、自己と社会は切っても切れないものなのです。
自分の責任だからいいだろうとか、社会がこうだから自分に責任はないとか、そういうふうに生きるのは安易で簡単な思考の結果でしかありません。そしてそれって、身近な人間関係においても、壮大な経済社会においても、結局同じことです。なぜなら、どちらも人間の営みだからです。

ひとはひとりでは生きられない、って真実なんですよ。
そしてその後ろには、誰かの、あるいは社会のために生きる自分も用意しとけっていう言葉が隠れている。

まずは一番近くにある社会=家族を大切にできる自分に。そこから社会は変わるかもしれない。
そしてその範囲を少しずつ拡げていくことこそ、大人になるということなのかも。
by ai_indigo | 2014-02-05 20:23 | PTとして
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