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十人十色なんだから

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大晦日です。
案の定更新が滞っているわけですが、やめません。いま、来年の目標について考えてたんですけど、ブログをやめない、というのもひとつ入れておこうかしら。。

写真は自分で撮影したものではないですが、砂の顕微鏡写真です。細かい粒子にしか見えない砂も、ところによっては様々な粒から成り立ってる。この写真を見たら、患者さんたちな学生さんたちを思い出して、いやいや自分だってこの中のひとつなんだなと思わされました。

先日、久しぶりに能動的な年賀状を作成しました。そこにも違う形で書いたのですが、自分の気持ちの中にも、こんな砂のような様々を持っていたいと感じます。
熱い心と冷静な頭、と言いますけれど、そんな、感じで。

来年はどんな結晶に出会うのか。
自分の中に何を見つけるのか。
笑顔を忘れずにやっていきたいです。
この一年、本当に周囲の皆様に支えられた一年でした。来る年、少しでも何か返せる一年になるよう精進します。

書初めしたいな!
by ai_indigo | 2013-12-31 10:53 | 徒然

冬至は太陽の折り返し点です。

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真冬の奥日光、中禅寺湖畔に来ています。
冷たい空気、白い山と大地、静かな水面、美しい星空、硫黄の匂いの濁り湯、どこまでもつづく林。

奥日光は子どもの頃から数え切れないほど来ている大好きな場所です。今回は素敵なプレゼントももらい、またひとつ思い出が増えました。

隣の寝息を大切にしようと思う、きっとそんな単純なことを、幸せとか優しさとか呼ぶのだと思います。
by ai_indigo | 2013-12-23 00:27 | 徒然

試合もいいけど

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昨日はジャパンエックスボウル、といいます社会人アメリカンフットボールリーグの頂上決戦を観戦してまいりました。

スーパーボウルさながら…ではないですがハーフタイムショーというのがここ数年盛り上がって?いまして、特に私は全チームのチアリーダーの集結、そして全員でのラインダンスが好きです。
学生の頃から近くにチアがいたので、彼女たちの熱さはもう触れたらヤバいくらいなんですけど、そういうことじゃなくてやっぱりスポーツってエールの交換みたいなチームの壁を越えた何かに触れるときにドキドキするもんなんじゃないでしょうか。
…いやでもラインダンスは薀蓄抜きでも圧巻なんですほんとに。。

お正月のライスボウルは、オービックと関西学院大学に決まりました。楽しみです。関西学院大学の試合をドームで観れるなんてー。
by ai_indigo | 2013-12-18 00:40 | 徒然

背の高いフリージアを買った。

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ここ3年くらい、自分の足もとを見ないように生きてきた気がします。刺激的、挑戦的、忙しさ、慌ただしさ、そんな言葉で表現されるような。
その結果として、いろんな形で人間関係が拡がって、活動場所も多様化したし、職業も変わり、一言でいえば楽しい毎日が手に入って。素晴らしい時間だった。この期間に関わった人たちは間違いなく今後の私の人生の大切な人たちになっていくのだろうなという予感もあります。

そしてなんとなく、そろそろ一歩踏み出して、地に足をつけ、根を張り、新しい深みにハマるべきときがきたのかなと感じています。時間の流れにはリズムがあって、そのビートの変調を感じるような。

今日フリージアを買ったら、とても背が高くて、家にある一番大きい花瓶に生けました。素敵な花の形だったので写真におさめようとしたら背が高すぎて、床に置いて上からパチリ。そうしたら、横から見ているのとは違う、ランダムで、でも四方にひろがった形に気づきました。
視点が変わると見え方も変わる。
知らなかった素晴らしさがある。
人生もそういうものなんじゃないかなあ。
by ai_indigo | 2013-12-16 00:18 | 徒然

中学校でやった高齢化社会についての授業の感想が返ってきた。

中学生が考える高齢化、180枚近い感想を読んで、まだまだ大人の考えに染まらないものが多数あって少し安心した。
そろそろ高齢者と呼ばれる(あるいはすでに呼ばれている)人たちが、自分たちが安心して老後を過ごすために大きな声で高齢化を叫んでみたところで、結局は、これから社会を作っていく彼ら(中学生などなど)が「楽しい老後」についてイメージを持っていなければ、なにも社会は変わらないのだ。

今回一番印象に残ったのは、出会った中学校の先生の思う老後が悲壮感に満ちていたこと。老後ってそんなに怖いものでしょうか。わたしはこれまでたくさんのお年寄りにお会いして、それぞれがそれぞれの人生を一生懸命楽しく(ときにはつらいことに直面しながら)生きているのをたくさん見てきたので、なんというか、結局は受容の問題なのではないかなと感じました。

以下、その先生に書いたお返事の一部の抜粋です。



高齢化社会が大問題のように叫ばれてはいますが、高齢者に多く関わる立場として一番強く思いますのは、結局のところすべての帰結は「ひとりひとりが年齢を重ねることを受容できるか」という一点にあるではないかということです。周囲の家族も含め、高齢者やそれを取り巻く社会が、人間はいつまでも健康でピンピンコロリと死ぬことができるなどという幻想を抱いている限り、問題は解決しません。ヒトも生き物ですので、だんだんと弱り、いつか病気にかかり、多かれ少なかれ苦しい思いをして死ぬのが自然の摂理なのです。そこから目を背けるということは、結果として老いを受け入れない社会を形成することに繋がるのだと思います。老いを受け入れたくない人たちが、老いを許容できる社会を作り出せるわけがないのです。
by ai_indigo | 2013-12-11 20:27 | 教員として

白湯を飲む深夜。久しぶりの雨で空が美しい。

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いろいろ思うことはあっても、一日は終わっていくね。そして明日も、やってくる。たぶん。

どうなるかわからない未来のために今を犠牲にするのは間違ってる。
どうにかなってしまった過去のために今を犠牲にするのも違う。

でも、今もすぐに未来と過去の流れに飲み込まれちゃうんだな。

真夜中だけは、むかしから、何も変わっていない気がする。そうだな、夜更かしをおぼえた高校生の頃から。
by ai_indigo | 2013-12-11 01:17 | 徒然

大人の定義。

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比較的、むかしからオトナになりたかった派です。子どものときも、大人と話すのが好きでした。子どもどうしで居るより。

モンドールは、オトナになったなってわかりやすく感じさせてくれる食べものだなって思います。
でも、オトナになるって、新しい体験が減っていくことなんだね。それを防ぐには常に、新しいことを探していかないとならない。
by ai_indigo | 2013-12-10 01:10 | 徒然

ひと月前の青森に追いつく。

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写真は臨床歩行分析研究会@青森に参加したときのもの。ひと月前。

東京も落葉の時期だなー…と、あんまり紅葉を愛でる間もなく冬に突入。気候変動的な言葉で大きく取り沙汰されることの多い冷夏や暖冬、春や秋の短縮も、そもそも日本のように四季のない国では実感薄いのかもしれないなと思います。
いつでも物事を見る視点は人により土地によりさまざま。

信州大学にいたころ、遺伝子の授業でY染色体がどんどん小さくなっていってる話になって、それはもちろん世代を越えて生殖に関わる話なのだけど、その意味についての感想文に人類は滅びろという神の意志?と書いたら他にもそう書いた学生が数人いて面白かった、というのを思い出しました。

この季節の変調も、その美しさに目を奪われなくなったことへの警鐘かもな、なんて。

唯一神を信仰しているわけではないのだけど。
by ai_indigo | 2013-12-05 08:09 | PTとして

七つの子。

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カブを買ったら七つでした。六つだと思ってたから少し嬉しい。

七つ星とか七人の小人とかラッキーセブンとか、中途半端な数なのに目にする言葉にはたくさん登場するような気がします。なんでだろう。

七つ星といえば北斗七星ですが、オリオン座のベテルギウスがいよいよ赤いですね。2010年に変形が報じられてからドキドキして超新星爆発を待っています。…とか言うと縁起でもない気がするけど縁起とは関係ないか。。
ベテルギウスの和名は平家星だそうです。白いリゲルが源氏星。猛きものもついには滅びぬひとえに風の前の塵に同じ。…なんだか運命的ですね。

そんなことを考えながらカブを煮込みました。今夜も寒そう。星が綺麗でしょう。
by ai_indigo | 2013-12-02 16:11 | 徒然

それぞれの要素から、全体を想像する。

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最近、評価実習前の学生さんたちを受け持ってグループ演習をしています。評価実習で求められることは、治療プログラム立案に向けて患者さんの全体像を把握できるかどうか、これに尽きるわけですが、これまで散々インプットに費やしてきた頭をアウトプットに切り替える、という意味では大きなパラダイム変換の時期でもあります。

例えば、わたしたちは大抵うどんとトマトと檸檬の個別の味を知っているし、それぞれ別々に食べることもできるわけですが、そうなると檸檬はなかなか食べられない。でも写真のように全て組み合わせたら、相乗効果でおいしい一品になったりする。
これって、ふと、それぞれの味の要素はなにかという根本的な視点に戻って組み合わせるという点が、患者さんの全体像把握に必要な想像力を働かせることと似てるなと感じました。

患者さんが、大腿骨の骨折をしているとき、リハビリは股関節や膝関節の機能回復に偏りがちです。でも、その患者さんの年齢によって、あるいは持っている他の疾患によって、家族構成や家屋構造、ライフスタイルによって、リハビリはオーダーメイドされなければなりません。
そんな要素をひとつずつ発見し組み合わせること。
それって、それぞれの要素にどんな特徴があるのか、最終的な治療後の生活にそれぞれどのように影響するのか、そういうことを把握した上で最大限の想像力を駆使する作業であるわけです。

うどんと言えばこう、と、決めてかかるセラピストにはならないでね。
by ai_indigo | 2013-12-01 22:38 | 教員として