ひとつの声かけがなにかを変えるかもしれない

朝、犬の散歩をしていると、ときどき脳卒中(梗塞だか出血だかはもちろんわからないが)片麻痺の人に会う。外を歩くくらいだからある程度までは回復して、体力を維持するために散歩をしている人が多い。多くは家族と一緒に歩いている。
急いでない時には、そういう人に声をかける。
「バランス良く歩けてますね。わたし理学療法士なんです。」

もちろんそういう人たちが本当の意味で上手く歩いているわけではない。そうだとしたら片麻痺だなんて気がつかないわけだから。そしてもっときれいに、もっと楽に、歩かせるためのリハビリがまだまだ残っていると毎回感じる。

でも、上手ですねと声をかける。
彼らの多くは発症時には身体が全く意のままには動かなかったはずであることを知っているから。
外に出るまでにどれだけの努力をして、絶望と戦ってきたかを知ってるから。家族も、それを一生懸命支えてきたことをわかってるから。
そして、足を引きずって歩くことで注目されてしまう状況に打ち勝って、毎日がんばっていることがわかるから。

わたしはリハビリの人なので、そういう人たちにとっては先生だ。
歩けなくなったたあの日から、一番近くでリハビリに付き合ってきたどこかの病院の理学療法士と、同じ職業の人間だ。
だから、わたしが小さく褒めることが、間違いなく彼らのこれからの人生の、明日の一歩の、エネルギーになると信じている。

今日声をかけた人は、そうですか三分でいいのでお話聞いていただけますか、と、逆にわたしを引き留めて、自分のリハビリへの思いの丈を語ってくれた。発症して二年半です、訪問リハビリでがんばっています、まだ良くなりますか、わたしは今年が勝負だと勝手に思っているんですが、と。

五年経っても六年経っても、歩けるレベルに回復している人にはまだまだ良くなる余地がある。本当にそういう患者さんを何人も見てきたし、回復の度合いはちいさくても頑張ってください。そう伝えた。
大切なのは、思い通りにならない身体を見捨てずに、長く身体を使っていくことだ。そしてその横に、適切なメンテナンスと指導をしてくれる理学療法士を置くことだ。ダメなのと会ったら、替えてもらうくらいの覚悟を持って、そこも大切にしてほしい。

直接身体を触ることが減って、わたしの臨床家としてのキャリアはストップしている。そのかわりに、理学療法士を育てている。わたしが学生に伝えていることが、きっといつか患者さんを助けることに繋がると思っている。

プロの精神を持って、生きていきたい。
by ai_indigo | 2014-02-07 13:26 | PTとして
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